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~ブルーカラー日記~

ただの会社員が日々感じていること。時にこうなったらいいのになぁ…と思う事を、独断と偏見で綴るブログ。

アインシュタインのみた世界

 後輩との会話の中で、この世の中に「量子力学」なる学問が存在することを知った。

 

もともと理数系だったというその後輩から色々と話を聞くうちに、数学や物理の世界に興味を持ってしまった…。

 

 彼がいうには「量子力学」と「相対性理論」というものが二つで一つみたいなもんらしい。

 

どっちも知らんが、相対性理論は聞いたことだけならある!と思い、まずは相対性理論の入門書を読んでみる。

 

 もともと大の数学嫌いで、そもそも大学にも行っていない私がなんて大それたものに興味を持ってしまったんだろう…笑。

 

 若者よ、勉強は若いうちにやっておけよ。

 

 

「相対性理論」を楽しむ本 よくわかるアインシュタインの不思議な世界 (PHP文庫)

( 以下はこの本を読んだだけの私の勝手な感想…。はなはだ理解に至ってるわけはないが、感銘を受けた事は確かだ!)

 

私が理解した相対性理論

 相対性理論」を考えたのはご存知アルバート・アインシュタイン

20世紀随一の物理学者として有名ですよね。「じゃあ相対性理論って何なんだよ」ってことを説明できる人は私の周りには一人もいない。

(後輩にさわりを聞いたわけだから正確には一人だけ)

 

 私が理解した相対性理論はこういう感じ。

 

この世界では信じられない現象が起こっていて、それを確かな事実として証明したのがアインシュタインの「相対性理論

 

この信じられない現象が、本当に信じられない…。

 

 相対性理論のぶっとび事実

 アインシュタインが新しく発見した事実の例がこちら

 

・光の速度は常に一定

・時間は遅れる

・時間と空間はくっついてる→「時空」

・時空は重力で歪む

・物質には莫大なエネルギーが秘められている

 

 ちょっと何を言ってるのかわからないが、紛れもない事実だそうです。

 

 この中でも個人的に特に興味をそそられるのが「時」と「空間」が連動しているということ…

 

時間と空間で「時空」

 「時空を越えて」みたいな言葉を映画や本、マンガやアニメなどのフィクションの世界で耳にしたことはあるけど、実は「時空」という概念はフィクションじゃない。

 

 そもそも「時空」って一体何なんだ?

 

 「時」と「空間」で「時空」。

 

 つまりは空間が歪むと時間が歪む。時間と空間は連動している一つのものなんだ!

この事実を突き止めたのがアインシュタイン

 

 念を押しておきますが…

 

 この「概念を発明した」のではなくて、「この事実を突き止めた」のがアインシュタイン

 

 そうです。本当の事なんですってよ!(本当に驚きです。)

 

 

 最近読んだ本の中で「サピエンス全史」がかなり興味深くてかなりヒットだったのですが(歴史も今までとんと興味がなかった…本当に勉強は若いうちにしとけよ。)

 

その中で、過去の労働は日の出から日没を目安に農耕を主体にしていたが、産業革命の時期に労働形態が変わって、労働者が全員均一な労働時間で働くために一気に時計が普及した…みたいな内容があったので、てっきり「時間」というものは人間が勝手に作り出した「概念」なのだなぁと理解していたのですが、実はそうではない!と。

 

 時計は人間が創りだしたものだけれども…

 

「時」は宇宙が生まれたその瞬間から確かに存在するものであって、「空間」と一緒に遅れたり早くなったりする「自然物」であるというのことが発見された!という事。

 

 故に、難しい専門的な事は私には説明出来ませんが、空間が歪めば連動している時間も歪むし、ブラックホールに近づくと時間が止まるし、光速に近いスピードで加速度運動をしてきた宇宙船が地球に帰ってきたら猿の惑星になってしまっていた…というのも現実に起こりうる!という話。

 

 こんな事実が100年以上も前に発表されていたのに、私はついぞ数日前まで知りませんでしたよ。

 

アインシュタインの見た世界

 「地球は平ら」という常識から「地球は丸い」という常識に変化した時代は、科学者以外の、私達一般市民はどんなリアクションをしたんだろうか?

 

きっと、ぽかんとしてよくわからないままに一生を終えたに違いない。今私がそうであるように。

 

 重力が光を曲げる。無重力だと時間が早い。

 

こんなことを実際に経験した人が今現在一体何人いるっていうんだろう?

私にはさっぱり想像もつかないし、おそらく私の一生では体験しないまま終わってしまうと思う。

 

 発表されてから100年経っているのに、一般人にはさっぱりわからない相対性理論

つまり身近に感じられる文化や技術や思考がまだ一般人にまで届いていないということ。

 

 逆の立場に立ってみると…

 

 100年先の未来人も知らないこの世の中の本質を、「数式」という魔法を使って見抜いたアインシュタイン

 

宗教ではなくひらめきと計算の力で未来を予言した偉人からは、どんなふうに世界が見えていたのかを想像すると、ロマンを感じずにはいられない…。

 

 

あぁ本当にもっと若いときから勉強しておけば良かった。

 

 次は一緒に購入した「量子論」の入門書に手をつける…。

喫煙席はもう嫌になってた

今日は休日。

 

昼前に起きて洗濯を済ませ、掃除機をかけている所に、Amazonで注文していた本が届いた。

 

普段はあまり読まないジャンルの本だったけど、今回は紹介文にいい具合にのせられてポチッとやってしまったヤツだ。(まぁ結果的には大正解だったからよかったんだけど…)

 

掃除と洗濯を済ませたから、次のミッションは買い物。

じゃあ腹も減ってるし、新しい本も届いたし、コメダにでも行っちまうか!

 

という所で今日の本題。

 

 

喫煙者だってタバコの煙は嫌い

近所のイオンのコメダ珈琲は基本混んでる。

毎日混んでる。

平日なのに、今日も何組かが順番待ちをしてた。

 

けど俺はサクッと席を案内される。

 

そう。待ってる人達は禁煙席のテーブル待ちだから。

 

俺は一名様の喫煙席だから速攻入れる。

いつもサクッと入れる。

たまにはテーブルに通して欲しいけど、カウンターにサクッと入れる。

 

で、いつも頼むミソカツサンドを注文しているタイミングで、隣に新しいお客さんが通される。

 

 

いやなタイミングだった。

 

 

喫煙者は注文した物が提供される前と食事を済ませた後にタバコを吸う。

もちろん私も例にもれずそのタイミングで吸う。

 

だから、私より少し遅れて通されたその人は、ちょうど私がミソカツサンドを食べてるタイミングでタバコを吸う。

 

しかもカウンター席だからどう頑張っても煙の動線は防ぎようがない。

 

当然サンドの魅力は十分には堪能できなかった。

 

 

 

喫煙者でもメシ食ってる時は煙の臭いを嗅ぎたくない 笑。

本当にわがままな話だけど…。たぶんみんなそうだと思う。

 

 

そろそろ変わるべきなんでしょうな

 

去年アイコスに変更してから

喫煙所や喫煙席の臭いが、今までよりも辛くなっている事を実は感じている。

 

コーヒー飲むぐらいだったらそんなに気にならないけど、飯はもう喫煙席じゃ食えねぇな。

 

 

ただ押し込めるだけじゃなくて、なんかもうちょっと上手い空間づくりとか出来ないのかな。

 

出来ないっていうかやらないだろうな。お金かかるし。このご時世じゃな。

 

 

 

なんかさっさと法律違反にしちまえばいいのに。タバコなんて。

 

なんかタバコ吸ってるやつはバカみたいな風潮もどうにかなんないかな。

 

なんないだろうな。

 

俺もオリンピックまでにタバコやめなきゃな。

 

 

 

 

 

 

「フロー」から広がる話。

読書 感想 フロー 心理学

 Twitterの雑多なタイムラインの中で、心理学における「フロー」という用語に目が止まった。

 

詳細を見てみて、どこかで聞いたことがあるような気がして調べてみたら…

あぁなるほど。去年読んだ「グリッド」に登場していた理論でした。

 

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

 

  この本に関してはまた別の機会に書くことにして、今回は「フロー」について思ったこと。

 

 

心理学者チクセントミハイの唱える「フロー」

 

「フロー」って一体なんなんだ?

 

 私は心理学の専門家ではないから、詳細な事は分からないが…

 

 この「フロー」とは、人間が一つの事に集中している時に起こる、あの「時間を忘れる」体験の事だという。

 

 トレーニングや創作活動、あるいはパフォーマンスを披露する時など…

単調であったり、技術が必要で普段は辛くも感じている作業が、そのフロー状態にいる間は、自分の体が思いのままに動いて全然疲れを感じない。

  フロー状態にあれば100%自分の能力を発揮しているので、新たなスキルの吸収スピードも早い。

  さらにはフロー状態になると、その行為の結果で良し悪しを判断するのではなく、行為そのものによって満足や多幸感が感じられる。という。

 

 なんだなんだ、良いことずくめじゃないか。と、思った辺りで

 

「これはこれで聞いたことがあるなぁ」という感想を憶える…

 

 もしかしてあれと似ているのではなかろうか?

 

禅でいう「悟り」

 

 「悟り」。よく聞くやつ。修行僧は、悟りを開くために修行する。

 

 じゃあどうなると悟りを開けるのか?

 …それは「無」になること。

 

 只管打坐(しかんたざ)

 

ただ座禅に打ち込み何も考えない。ただ呼吸と一体となって、ただ自然と一体となる。

 

 つまり、座禅に打ち込み続けること。それこそが「悟り」であると達磨大師が言ったとか言わなかったとかと私は記憶している。

 

 うーん…やっぱり共通点を感じてしまう。

 

没頭するとイイコトがある。 

 

 もしかして…方法論は違えど、この二つの用語は似たような事を指しているんじゃないのかなぁと思う。

 

 雑念を捨てて、目の前の物事にひたすらに打ち込むと達成感を得られる。

ということが、心理学と宗教という異なるフィールド双方から読み取れる。

 

 加えて欧米ではマインドフルネスというストレス対処法も軒並み認知度をあげているという

マインドフルネスとは、「今この瞬間」の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れることです。

  

 なるほどなるほど…

 

つまり人は「没頭するとイイコトがある」

 

ところまでは分かっている。と解釈しました。

 

 ただしこれが少々厄介で…体感的にはみんな分かってたりするのに、それを理論だてて説明したり、メソッド化して「さぁやってみよう!」と言ったとたんに、なんだか胡散臭くて信じられない感じになってしまう。

 

(私も時間を忘れるほど没頭した経験はあるけど、悟りを開いた経験はまだない。)

 

 そしてまた確証のない話に飛躍する

 

実は「フロー」を感じてないのは人間だけ?

 

 ただ目の前の事に集中する。ただすべきことに没頭する。

 

 これ実は、人間以外の動物たちは当然にやってのけているんじゃないだろうか?と言う話。

 

 ただ食べる。ただ寝る。ただ子孫を残す。

 

 動物たちが、そこに不幸せや不平等を嘆く姿なんかみたことなんてない。そして恐らく日々達成感を感じて満足し、幸せなんではないだろうかと思う。

 

 動物であることをやめて知恵を身につけた代わりに、当然に感じることが出来た幸せを失った人間。

 

 みたいな想像を巡らせると…アダムとイブが禁断の果実を食べた話にもリンクしてしまってちょっと楽しい。

 

もっともっと下さい

 

 少し話がそれてしまったけど、個人的にはもっともっといろんな事柄が研究されていってほしいと思う。そして理論が証明されていって欲しいと願う。

超能力とかもどんどん研究して欲しい。

 

 正座は膝に良くない。ぐらいの感覚で、もっと腰を落とさないとカメハメ波は出ないぞ。と言われる世の中になって欲しい。

 

 世の中の学者や研究者の方々、これからも頑張ってください。応援しています☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本語が通じない。

コミュニケーション 仕事 日記

 

 

 職場で後輩に「今年の抱負は何?」と聞いたら「…ホウフってどういう意味ですか?」と予想もしない答えが返ってきた。

 世間話が進まない。

 

 「ジュウフク」でも通じるんだけど、元々の読みは「チョウフク」ですよ。と伝えたら、日本語じゃないみたいですね。と言われた。「貴重品」は読めるのに。

 

 上司から、「この件の原因は十中八九これで間違いないな。」と言われた後輩が、愛想笑いを浮かべた後、こっそり「ジチュハ…ジュッチュハ…今の分かりました?」と聞きに来た。

その子のことは嫌いじゃないので少し辛かった。

 

 今の職場では、こんな事で頼られる事が日常茶飯事だったりする。むしろ、私が少し浮いているのかもしれない。

 

 

 

気になる私が変なのか?

 現在私は31歳で、別に年寄りの領域には入っていない。けれど20代の同僚に、とかく共通言語の幅が狭すぎて少し辟易してしまっている。

 

 逆に「パリピ」とか「ワンチャン」とかのあのネイティブっぽい発音の和製英語はこちらも使わないのだけれど…PDCAやらマイルストーンが通用するわけではない。

 

 全く最近の奴は…ではまとまらず、うちの上司も極めて語彙力が低かったりもする。

 

「今回の件に関しては、本来口を挟むべきではなかったかもしれないけれども、個人的な感情もあってつい干渉してしまった。」

 

と、恐らく言うべき所を…

 

「今回は絡まんつもりやったけど、やっぱ絡んだ。」

 

と、このとおり。

 

 これが仮に上司の時短術だとしたら、もう私には合理的過ぎてついていけない。

 

 

ヤバいってやっぱヤバい

 

 「ヤバい」…本来は「矢場い」。

矢場。つまり、矢が飛んでくる場所なので、「危ない」という意味のはず。

 

 でも今は何でも「ヤバい」のは周知の通り。

 

カワイイ→やばい。

こわい→やばい。

面白い→やばい。

気持ちいい→やばい。

恐ろしげな→なんかやばい。

風流ですな→なんかやばい。

 

ハイパフォーマンスすぎてやばいでしょうよ。

 

 

 先日、そんなやばい好きの後輩の一人が我が家に遊びに来た。楽しく語らいたかったんだけど、共通言語がかみ合わないので話が先に進まなくて疲れてしまった。

 聞けば、本はおろかマンガすら読まないという。

 

「ナルトもワンピースもアニメだけです!マンガは疲れちゃうんで…」

…まじか。それこそヤベーだろ。

 

とにかく意味わかんなくても良いから目を通せ!といって本を貸した。

アニメとモンストだけでは新しい情報は入ってこないぞ坊や。

 

 

 

 「最近の新入社員は、タブレットになれててPCが使えない」と嘆く中堅ホワイトカラーの皆様。

 

 こっちはそんなもんじゃありませんぜ! 笑

 

言葉を覚える意味。

 話し方や言葉の選び方は、人それぞれ個性があって何でもいいと当然に思う。

 

けれども、たくさんの言葉を身につけていないときちんと自分の意思を伝える事なんて出来ない。

 

 そもそも他人の考えてる事なんて絶対に分からない。そして自分の考えてる事すらも、言葉では形容しきれない。

 事実「言い表せない」という言葉があるくらいでしょ?

 

 大人になってからも、勉強は大事だなぁ…としみじみ感じる日々。

 

  知性がなければ、オトナとは言い難い。

 …ですよね?

 

 

 

 

 

時短とコミュニケーション

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1時間の仕事を15分で終わらせる

1時間の仕事を15分で終わらせる

 

 読了。

 

 転職を果たしてから約一年半…。徐々に出来る仕事も増えてきた、ぐらいの自分が実践をするにはまだまだ時期尚早といえるけども、どうにもこうにも仕事を早く終わらせて帰宅をしたいという気持ちから購入。

 

 なにせ1時間に済ませる仕事量を、2倍でも3倍でもなく「4倍」を目指しているのだから!

4倍になってしまえば仕事なんてさっさと片づけて、写真を撮りに行ける!ジムに通える!妻とゆっくり語らえる!誰だってそうでしょう。

 

 

 読み始めてみると、なるほど聡明な方なんでしょう…読みやすい。

伝えたいことが明確で、だらだらと講釈をたれることなく情報がすっきりと入ってくる。一気に読み切ってしまった。

 

 IPOにおけるボトルネックの洗い出し方と、それらへの対処法はどれも魅力的なものばかり。

私も今の職場でペーパーレスを進めていただきたい。空気を読みあうだけの会議の時間をさっさと終わらせてほしい。

 

 そして結局のところ、人間関係をクリアしなければ仕事は早くはならないそうだ。

 

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい

 

 と、夏目漱石がおっしゃっていたそうで。本文中に引用されてましたが、あぁおっしゃる通りです。

 

 

結局、人間関係(コミュ力)って仕事なんですよね?

 

 さてさて…

 

 著者の方は本の後半で、上司や同僚・部下とのすり合わせをスムーズに行う事を、「突破力」と命名してそのノウハウを書籍化してくれているわけなんだけど…

 

 「コミュ力」の高い・低いで生涯年収の差が生まれたり、社内の評価が分かれたりするのはすでに周知の事実で、気持ちとしても空気読めたり愛想が良かったりするのが好印象なのは、人間なのだから当たり前で納得いくとして…

 

 何故それが、具体的に能力として分類されていないのかが疑問に思えてきました。

 

 つまり、世の中に出てからは意見のすり合わせや水面下での先読み・調整能力が必須なのにもかかわらず

「コミュニケーション」を学ぶ機会が必須項目として学生のうちに存在しないのか?ということ。

 

 もちろん研修やワークショップなどで企業や学校も取り組んではいるものの、それこそ数時間単位の一時的なものではコミュ力なんぞ身につくはずもない。

 

 仮に「コミュニケーション能力」を数値化することが出来て、企業がそれが高い人間だけを採用します!

と明言してしまっては、寡黙な人の人格を否定しかねないので、そんな時代はやってこないと思うけど、仕事に必要不可欠なんですよね?

 

だったらもっと学ぶ機会・嫌々でも学ばせる機会を作ってから、社会に若者を放りだしてやりたいなぁと おじさんは思います。

 

 副産物的に身に付けるんじゃなくて、はっきりと。「能力」・「科目」としてね。

 

 

 今の大人が買う本に、軒並みおんなじ事書いてあるって事は、みんな出来てないってことでしょ?そんなの次の世代が出来る訳がない。

 

 結局は…自分が得意じゃないからこんなこと言ってるだけですけどね 笑

 

 私もコミュニケーションの授業を受けたい。

 

 

マナーに対しての勘違い

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人生はマナーでできている

人生はマナーでできている

 

  近所のちょっとおしゃれな雑貨屋さんで見かけて、何となく買ってしまった。

 

「人生はマナーでできている」

 

 全くその通りと言わざるを得ない。自分が気にしたくなくても、気にする人が一人でも居たら、その人に合わせないと社会的に生きていけなくなってしまう社会人の悲しさ…あぁ子供に戻って楽したい。

 

 

 内容はというと…普段書店でよく見かけるハウトゥー本の類では全然なくて、

 

 「マナーとは一体何なのか?」

 

という至極シンプルな問いに対して様々な人物に取材を重ねて、それを受けた筆者の気づきをまとめてくれている。

 

 取材相手がバラエティに富んでいるところも面白いけども、「現在の通例はこういう感じです。」ということを紹介するのではなく

 

  • お辞儀は武士が身体を鍛えるために始まった
  • 臭い(くさい)の語源は腐る
  • 争うから「議論」になるのだが、日本人はそもそも争わない。

 

などなど物事の根本的な所を過去に遡って追求してくれているので、世の中の矛盾がなぜ今存在しているのかなんかも露わになった気がしてとても興味深い本だった。

 

 とりわけ印象に残っているのは、本の冒頭に「マナー=やり方」であって「マナー=ルール」ではないという部分。

 

 ちゃんとマナーを守りなさいではなく、ちゃんとマナーを考えなさい

 

 なるほど目から鱗でした。

 

 

マナーって一体何故あるのか?

 もう年賀状を書かなくなって何年が経つのかわかりませんが、とにかく私は「明けおめ」はLINEなりメールで送り合います。

 

 手書きにこだわる方からすれば、横着なヤツだと思われるかもしれませんが…それでも

 ん?

と思うこともあったりします。

 

 それが先日の年越しの時なんですけど、喪中のはずの同僚から明けおめLINEが送られてきたこと。

 

 しかも、私が線香をあげにいったのは12月の話。

 

 経済的な理由で家族葬にしたとの事だったので「他に出来る事なんてないから、せめてこれぐらい」ということで香典を渡して、香典返しも必要ないと伝えたのだけれども…

 

 なんか、こうもいとも簡単に日常に戻られてしまうと、こちらとしては本人の為に気を揉んだりした時間やお金が宙ぶらりんになってしまった気がして少し釈然としなかった。

(このLINE以前にも おやっ? と思う瞬間は結構あったんだけども… )

 

 私の器が小さいだけと言われたらそれまでなんだけど、器が大きい人がマジョリティな世の中だとは決して思えない。

 

 なんかこの時に、何故世の中で口酸っぱくマナーマナーなんて言われるのかが少し分かった気がしました。

 

 つまりは自分のために礼儀をつくそうと思ってくれている人が、自分が思っている以上にいるんだなぁ。ということ。

 

 サービスを受けるにしても、仕事をするにしても、家族と過ごすにしても、相手の心情に思いを馳せて

 

 「感謝」することを心がけていけば…おのずとマナーってやつが身についていくのかもしれないですね。

 

 仮に結果は同じでも、伝わりかたが違ってきそうに思えてきたぞ。

 

 これが「ルール」ではなくて「やり方」を考えろという事なんですかね?

 

 私も「マナー=やり方」に気をつけよう。

 

 

読んでくれた方、ありがとうございました☆

触力覚ディスプレイでびびる未来

テクノロジー 未来予想

いつの間にか未来

 先日、TVで「触力覚ディスプレイ」なるものを紹介してた。

 

バラエティー番組だったので、劇団ひとりさんがレポーターをしていて、開発者の方を軽くいじってみたり、派手なリアクションをしたりと、面白いVTRに仕上がっていたんだけど…そこで紹介されてた研究成果がとんでもないシロモノだった。

 

 

新領域:物体の硬さの触感覚を伝達できるシステムの開発 ~物体を非接触で測定し、触った感覚をディスプレイ上に再現~

(恐らくはこの事を紹介してたと思うんですけど…)

 

VTRを見た感じを私なりにざっくり伝えると…

 

「離れた場所に有る物に、モニター越しに触れるディスプレイ」

 

信じられないけど、本当にモニター越しに隣のモニター前に置かれた紙風船を押しだしていた。

 

 開発者の方が言うには、無数のセンサーが読み取った物体の形状や触れた時の感触を、反対側で超音波を使って再現する事で、そんな芸当が出来ると言うからスゴイもんですよね。

(同時に触れた手にも感触を超音波で伝えているというから筆舌に尽くしがたいというやつ。)

 

 

 知らない間に未来が来てるんだなぁ…と、目を奪われてしまいましたよ。

 

まだ実用段階にはなっていないみたいでしたが、これから先新しい世界が広がっていることは間違いなさそうですね!

 

もし実用されたら…電話ボックス復活じゃね?

ここからは単なる妄想の話ですよ。

 

 モニターに映ってる物と、それを観てる人が双方向で干渉出来るっ時代ってムチャクチャスゴイ。

 

私事ながら…妻と結婚する前、1年間ほど遠距離恋愛の時期が有った。

 

もしその頃のスマホにこんな機能がついていたら、離れていてもお互いの存在を一層確かめ合えるので、今後「物理的な距離」は恋愛の障害という意味でのハードルはグッと下がるだろう。(まぁそんなものはなくても結婚に至っているわけだけど…笑)

 

 でも、そんな恋人との熱い抱擁や家族との会話、友人とのじゃれ合いなんかをおいそれと今みたいに街中で繰り広げる訳にはいかない…。

 

でも「今じゃないといけない!」という瞬間も時にはある。さてどうしよう。

 

そこで復活するのが「電話ボックス」でしょうよ。

 

 従来の物よりもややプライベート空間寄りのボックスが街中に設置されて、離れた場所でにいてもそこに入れば、あたかも相手と空間を共有出来ているかのようなどこでもドア空間。

 

あーなんてステキな未来なんだ。未来の技術が過去をぶり返す。まさに温故知新。

 

でもこれじゃあ、いかがわしいコトにも使われそうだから、こんな普及はしなさそうだなやっぱり。

 

なんにせよ新しい世界が待ち遠しい。

長生きしよーっと。